せつのなんでもない日常。

気まぐれなつぶやき

夜な夜なブログをいじる。

夕方にカフェラテのラージサイズを飲んだせいか。

 

カフェインを摂り過ぎたようで、如何にもこうにも頭がさえてしまい、眠れずにいたらとっくに午前1時を過ぎていた。

 

眠れないときほどアレコレ片付けたくなったり、ネットをだらだら眺めてしまう。

 

なんだか、もう少しゆるくブログを書いていこうかなとぼんやり思い始めて、テキストだけのサイトにしようかなぁと思ってみたり。

 

書きたいと思った記事はいくつもあれど、結局のところ、うまく文章に落とし込めておらず、はてなブログの下書きにずっと眠っている。

 

はてなブログは、ゆるくだらだらつぶやける場所にしたほうが今の自分には合っている気がする。

 

Twitterはなんだか昔とは様変わりしているし、Instagramもハウツーやらショートやら専ら見る専門になっている。

 

noteもなんだか敷居が高く感じてしまって、結局アカウントは閉じてしまって、こちらも時々読むくらい。

 

ただ、なんとなく外とのつながりは欲しいというか、20年くらい前の携帯サイトばりの閉塞感とゆるゆるとした気持ちで、なんとなぁくつぶやける場所が欲しい。

 

頭の整理だけなら、誰にも決して見せることなくモーニングノートにひたすら落とし込めばいいのかもしれない。

 

でも、時々誰かの目に触れたいという、なんとも曖昧でチグハグな感情にみまわれる。

 

高校生の頃からタグ打ちをして、サイトを運営してテキストを書くのが当たり前というか、日常の一部になり過ぎていて、それがないと物足りなさを感じているのだ。

 

それに、誰かのテキストを読むのも昔から大好きということもあって、はてなブログはどなたのブログを読みに行っても、安心して読めるというか、その人となりが文章に強くあらわれている気がする。

 

映画の話や喫茶店の話、音楽の話、とにかく色んな日常がそこにはあるわけだが、時間が許す限り読んでいたいなぁと思う。

 

自分自身、人との繋がりがなんとなく希薄になってしまっている現状で、誰かの思考に触れる機会は、実際にはあまりない。

 

、、、というか、そもそもそんなに思考を曝け出して話せる関係性もあまりないというのが事実で、広く浅くの世界だけが広がっている。

 

『ブログを読む』というのは一方的な行為ではあるけれども、「こういう風に考える人もいるんだな」、「こういう視点で世界を見れるのは素敵だな」とか、色々発見や気づきがあるわけで。

 

それを思うと、やっぱりそういう場所はひとつくらい残しておきたいなぁと思う。

 

バタバタと日常が過ぎていくので、前ほどゆっくり読めていないのが寂しいところではあるけれど、眠れない時や1人の時間が持てたときはログインして読み耽っている。

 

 

自分の文章は、拙い思考の垂れ流し状態なので、他の方からしたら読みづらかったりするかもしれない。

 

とっつきにくい感じもあるかもしれない。

 

 

ブログのタイトルを「せつのなんでもない日常。」に変え、今後はゆるゆるとつぶやいていこうと思いますので、気がむいた時に見にきていただけると幸いです。